So-net無料ブログ作成

大倉忠義の語る 3月11日 [∞ラジオ関連]

大倉くんと高橋くん 2017.3.11

 

私は優くんがライブの興奮から

どんな口調で話すのか、楽しみで!

間に合うように帰宅。

 

 

優くんが秋田魁新報に載った話を

しようとするのをさえぎって

この話がもし広がった場合、

こっから電話がある、メールがある

いらジャンがある。

このコーナー、もしかしたら

全部なくなるぐらいのことで

やっていきましょ

 

台本を無視する日があってもいい。

生放送だから起こりうる危険を回避しようと

スタッフが考えて

台本を組んでくれてるのは知っているけれど

それを越えて

そこでたっちょんから出てきた言葉は

 

 

3月11日という日。

通常回だけどスペシャルでもいいと思う

 

優くんはそれで察しがついたようでした

 

 

東日本大震災当日、東京の海岸沿いで

Men's NONNOの撮影をしていた。

震源地ではないのに東京でもすごく怖かった

 

関西出身の自分には

「大阪に帰る」という選択肢もあった。

事務所にも「大阪に帰っていいですよ」

言われて事務所の先輩に相談したら

 

「俺は東京生まれだし。

お前みたいに(帰れるところが)ないんだよね。

こういう仕事してて、

何かを伝える役割なんだと思ってる。

東京出身だし逃げるところもないんだから

別に俺は逃げないよ。

怖い怖くないの話ではない。

(伝えるのが)天命なんだ」

それを聞いて たっちょんは

自分がすごく情けなかったと言っていた

 

自分は何のために仕事をしているのか、

改めて自分の仕事について考える

きっかけになったそうです

 

 

震災前に 関ジャニ∞は

24時間テレビのメインMCが決まっていたこと。

既に進んでいた企画も

いったん全部ゼロになった、

日本がこういう状況になったということを

届けないと!!となった。 

 

 

当時怖くてヒナちゃんの家で

ヤスと3人で生活してたこと、

3人でテレビ見ながら

震災のニュースに泣いてたこと。

 

今までに話していたことも含め

「3.11」に話す機会があるのも「ご縁」

 

そうだね、

たっちょんが引き寄せたご縁だと思います

 

阪神淡路大震災を経験しているからこそ

実感している

まだ全然なんですよ

終わってないんですよ

その言葉は力強く伝わってきました

 

 

 

たっちょんはこの日のO.A.開始直前まで

震災のことを話そう!というのは

決めてなかったように思いました

 

この話をするのは迷った

 

それでも「3.11」に

関われる仕事をさせてもらっている!!

話せる場を持っている自分に出来ること!

ということで 

CMもすっ飛ばして自分の言葉で話してくれたことで

たっちょんの強い強い想いは伝わってきました

 

 

優くんが大親友に

「結婚おめでとう」が言えなくなってしまったことも

泣けてきました。

周りがどう想おうと本人にとって大事なことは

やっぱり

大事なこと!!なんだよ

 

 

宮城県気仙沼のリスナーからの、

風化させないことはもちろん大事だけど。

震災があったことが忘れられるような

笑顔や元気も大事と感じています。

という言葉も

たっちょんの力になったんじゃないかな

 

 

 

たっちょんの心の奥底に眠っている想いを

聞かせてくれて ありがとう

 

そんな場所がこれから先も続きますように!


nice!(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0